私は天使なんかじゃない







悪の時代





  世界は変わった。
  赤毛の冒険者の手によってすべては変わった。
  だがルールは変わらない。
  昔のままだ。

  強い者が勝つ、それが全て。





  「な、何だよ、これ」
  爆発を見ながら俺は呟いた。
  爆発、その後少し遅れて街は騒然とした。ボルトの男は泡食って逃げようとしたが俺は叫ぶ。
  「保護して欲しければ動くんじゃねぇっ!」
  「わ、分かった」
  こいつは爆発には関係ないだろう。
  ただ、この妙な水を持ってきた重要な証人だ。逃がすわけにはいかない。
  住人の何人かは遠くで燃える家に消化しようと集まってきてはいるものの、用意には近づけず、次第に遠巻きに眺め始めた。
  仕方ないよな。
  神父の家は思い出したように小爆発を続けている。
  最初の爆発で扉を開けようとしたネイサンはおそらく粉々になっただろう。
  くそ。
  どういうことだよ。
  扉を開けた瞬間に爆発だから、何らかのトラップが仕掛けられてたんだろうな。

  「ブッチっ!」

  呼びかけられる。
  市長だ。
  アッシュと、リベットで任務中のはずのモニカさんもいる。任務が終わったのだろうか?
  「どうした、何があったっ!」
  「神父の家が爆発した」
  「何だとっ!」
  この動揺は何だ?
  アッシュは俺の怪訝そうな顔を見て言った。
  「証言があったんだ。浄水場を爆破したのはこの街に昔いたグールで、そのグールは神父の爆弾で爆破したようなことを言ってたんだとさ」
  「じゃあ、あれは自殺か?」
  そこまで言って俺は首を振った。
  短絡的だぜ。
  誰かが訪ねに行くまでは何ともなかったんだ。
  つまりあれは……。
  「証拠と疑う者の始末ってことか?」
  「さすがねブッチ君。私もそう思うわ。状況は私も聞いた。浄水施設の爆破から今日まで何のアクションもなかったのにこの爆発、たぶん証拠を消すためのトラップだったのね」
  「くそっ!」
  俺は叫んだ。
  「市長、ネイサンが死んだ、巻き込まれてっ! あの爺さんは神父を心配しててだけなのによっ!」
  「……そうか。そいつは、痛ましいな」
  しばらく沈黙。
  だが他にやるべきことがあると俺は思い、ボルトの奴の話をする。
  「市長、こいつは聖なる光修道院に忍び込んだ奴だ」
  「聖なる……うん? こいつボルトの奴でこの間暴れ回って捕虜になってた奴……」
  「それは今は忘れてくれ。こいつは聖なる光修道院で水を盗んだ。ラベルの無いペットボトルの水だ。飲んだ仲間はグールになっちまったんだとよ。こいつがその水だ」
  ペットボトルを市長手渡す。
  アッシュが何かを思い出したようにアッと声を上げた。多分関連性を疑ったんだろう、この間ラベルの無い水を飲んでグールになりかけていた旅人との関連性を。
  「市長、放射能はあるがこんなんでグールにはならねぇ。何か入っているんじゃないのか?」
  「アッシュ。すまんがこいつを浄水施設にいるスクライブ・ビクスリーに調べてもらってきてくれ」
  「了解」
  「モニカ。本来のお前の任務に戻れ」
  「ですが……」
  「ラドックの動向を探せ。奴の行動を無駄にするな」
  「分かりました」
  「ブッチ、悪いが付き合ってくれんか。チルドレン・アトム自体は依然としてまだ存在している。聖なる光修道院にほとんどが取り込まれたが。話を聞きに行きたい。こういう状況だ、1人では、な」
  「いいぜ」
  俺は頷く。
  それからボルトの奴を見た。
  「こいつをしばらく保護しようと思う。いいだろうか?」
  「構わんよ。聞きたいこともあるしな」
  「だとさ。俺に言われたと言って、この間の酒場に行けよ。俺から言われたと言えば飯ぐらいは出してもらえる。じゃあな」
  「す、すまない」
  「だけど今度狙ったらお前本気で裸で荒野に叩きだすからな」
  「し、しない、囲いの外はもううんざりだ」
  囲いの外、ね。
  ボルトにしてもメガトンにしても囲いの中だ。
  これはある意味でアマタ達にも向けられた言葉だと思う。まあ、考え改めたにしても、あいつら外に冒険に行ったり取引したりと目を輝かせてたからな。そんなに甘くはないだろ、外は。
  憧れでは生きていけない。
  何故?
  何故なら、囲いの外は力の強い者が勝つ世界。
  「ブッチ、行こう」
  「ああ」





  レギュレーター。
  廃墟と化した戦前の街にある新本部。
  本部の外観は一見するとただの古びた二階建ての廃屋で内部も古びている。内装も貧弱。数名のメンバーが常に詰めている。しかしそれはあくまで見せかけであり、レギュレーターの
  本部はその地下にあった。地下をあえて作ったわけではなく、広大な地下室のある場所に古びたカモフラージュの建物を建てた、というのが真相だ。
  人通りが少なく、街から離れ、地下がある。
  難しい条件をクリアした結果がこの新本部だった。
  前の本部はエンクレイブ侵攻時に吹き飛ばされ、新本部立ち上げが余儀なくされたが、ようやく軌道に乗ったところだ。
  もっとも物資の補充が滞っており近々大々的にリベットシティあたりから買い入れようという話が浮上していた。
  レギュレーター新本部の根幹である地下は元々は戦前の地下シェルター。ボルトに入れなかった住民用の物であり広大。地下には常時30名がおり、それぞれに私室がある。
  それだけ広かった。
  「ふぅん」
  そんな一室。
  ソノラの私室。
  レギュレーターを統括する彼女ではあるが調度品も部屋の広さも内装も一般の物と大差はなかった。
  ただ、彼女の趣味としてデスクに観葉植物が乗っていた。
  椅子に腰かけて分厚い書類に目を通している。
  それは赤毛の冒険者の報告書だった。手元にあるのはBOSに譲ってもらったコピー。
  レギュレーターに対しての、というよりは、BOSが依頼して作成した調書のような代物。彼女の足跡と呼ぶべき代物。
  この中に今回の事件の鍵があるとソノラは踏んでいた。
  しかしソノラは誰にもそれを言わない。
  BOSにもメガトン共同体にも。
  馴れ合えば隙が生まれる。少なくともどこまでが悪に毒されているか分からない以上、孤高は保つべきだと考えていた。
  レギュレーターは常に中立。
  そして厳正たる正義。
  「前の奴はへたれた、ね」
  内容は赤毛の冒険者が見聞きしたことが掛かれている。もちろん一言一句が全てその通りではないが信憑性としては信じるに足るとソノラは考えていた。
  今、目にしている内容はオータム大佐の発言。
  FEVをばら撒く手駒としてエデン大統領は赤毛を利用しようとしたという、オータム大佐の発言。
  情報は錯綜としていた。
  FEVが蓄えられていたタコマインダストリィに現われたとされる、金髪の科学者風の人物。
  FEV入りの水による無差別テロ。
  BOSの暗部とされるCOSの登場、そしてその片鱗。
  アクアピューラを100キャップという法外な値段で買い取るとされているグールの組織。悪党内では評判ではあるもののまだその影は掴めていない。
  リベットしてないで行われている横流し。
  どこでFEVが注入されているのかまだ場所が特定されていないこと。
  問題は山積みだった。

  「ソノラ、失礼しても?」

  「どうぞ」
  「失礼します」
  扉が開くと若手のメンバーが入ってきて一礼した。
  「何か?」
  「リベットシティから報告がありました。ラドックが失踪、現在モニカが探索に向かったとのこと。また、メガトンからの報告もありました。一連の事件にジェリコが絡んでいる様子です」
  「ジェリコ? ……ああ、傭兵の?」
  「はい、ソノラ」
  傭兵。
  この辺りはレギュレーターも曖昧にしていた。傭兵は依頼主の行動に左右されるからだ。
  悪党に護衛で雇われた、悪党を護った、同罪として処刑……とするにはさすがに乱暴すぎたからだ。その為傭兵に対しては若干の猶予を与えていた。
  もっともタロン社は既に敵認定だが。
  「全メンバーに通達。ジェリコを抹殺対象とします。……しかし今は捨て置きなさい。泳がせる。その旨をルーカス・シムズにも徹底を」
  「了解しました、ソノラ」
  「下がっていい」
  「はい」
  一礼して下がる。
  1人になってしばらくしてからソノラは呟いた。
  「何となく見えて来たわ。何となくね」






  スーパーウルトラマーケット。
  酒場。
  「クローバー」
  「ああ。あんたか。ようやくご帰還ね、ジェリコ。リベットの方はどうだったんだい?」
  「上々だ。そっちは?」
  「ストレンジャーを何とかこちらの舞台に上げたよ。連中はそれなりにやる気だよ、仕事の下準備に行った。ボルトの連中はどっかに略奪に行ったみたいだよ」
  「シドは?」
  「向かったよ、そろそろメガトンの連中も動くだろうからね」
  「よしよし。いい具合に進んでいるな」
  「楽しみだよ。ミスティが戻って来た時に、どんな顔をするか見ものだ。まさに、悪の時代の到来だよ」
  「まだだ」
  「というと?」
  「リベットの方で一騒動あるんだよ」





  リベットシティ。
  評議員パノンの私室。
  「何で、何でこんなことにっ!」
  黒人の男性は暴れていた。
  名をパノン。
  リベットシティ評議会の1人で、次期評議長に最も近いとされた人物。
  多額の賄賂をばら撒き周囲を味方につけていた。
  その賄賂の出所はアクアビューラの横流し。
  聖なる光修道院に彼はメガトンの分を横流ししていた。たかがカルト教団、と最初はパノンも思っていた。話を持ち込んだのはジェリコという傭兵。しかしいざ横流しの条件を聞いてみれば
  パノンは目の色を変えてしまった。破格すぎる条件だった。評議長になるには金が掛かる。それが横流しで全て解決する、そんな額だった。
  空手形?
  いや。
  聖なる光修道院は金払いが良かった。全て一括で支払っていた。
  仲介のジェリコ曰く、前身の教団チルドレン・アトム時代からの信者からの献金をそのまま引き継ぎ形で聖なる光修道院は設立されたので資金は潤沢。
  何故カルトがメガトンが必要とする量の水を求めるかはパノンには分からなかったが、この協定は儲かった。
  買収されない議員もいたが、要は多数決に勝ちさえすればよかった。
  このまま評議長になれる、誰もがそう思った。
  パノン自身も。
  それが突然の告発で水泡に帰した。
  評議員の籍を持つダンヴァー司令の告発だった。彼女は賄賂に応じなかった1人。そしてその入れ知恵をしたのがジェリコ。
  機を見るに敏なジェリコは評議員の間を渡り歩いていた。
  結果、パノンは失脚した。
  現在は私室に押し込められる形で沙汰を待つ身。
  部屋の外にはセキュリティが立っている為、逃げることもかなわない。
  最高刑は死刑ではあるが恐らくそうはならないとパノンは見ていた。賄賂問題で死刑にすれば評議会は崩壊する。多かれ少なかれ誰もが手を染めているからだ。
  しかし手詰まりなのは確かだ。
  評議員ということもあり刑の軽減はあるだろう、ただ、その先がおそらく評議会の籍の抹消、そして下層デッキへの転落。
  パノンにしてもみたら死刑も同じだった。
  「どうしたら……」
  パノンは考える。
  一番いい手は何だろうと。
  万が一に備えて資産の一部をリベットの外に蓄えていた。逃げれば何とかなる、逃げれれば。しかし逃げたらさすがに問答無用で死刑だろう。セキュリティのメンツもあるからだ。

  「協力してくれればあなたにリベットシティを任せたいと思っています」

  「だ、誰だっ!」
  いつからいたのだろう、そこに1人の男がいた。
  見た顔だった。
  少なくともその風貌を彼は知っていた。
  「君は確か……エ、エンクレイブっ!」
  「エンクレイブ? ああ、自分の同型タイプはエンクレイブに付きましたね。しかし自分は違います。試作機ですよ、彼の前の」
  「ハ、ハークネス隊長では、ないのか?」
  そう。
  その風貌はエンクレイブ側に付いたハークネスと瓜二つだった。
  「では君は連邦か?」
  「はい」
  「何だってここに……いや待て、連邦はエンクレイブに付いたんだろう?」
  「連中の目的は技術、連邦には最低限しか駐屯していません。とはいえ追い払えば大部隊が報復に来る。我々はキャピタルのエンクレイブを追い払いたい」
  「何故キャピタルを気にする?」
  「ここが解放されれば連邦に対しての注意が逸れる。そこで我々は独立する。お互いに提携しあえばエンクレイブは常に二方面に戦力が取られる。しかしBOSは信用できない。我々にして
  みたらエンクレイブと大差ない、技術を貪欲に欲する時点でね。リベットシティと組みたいのです、我々連邦は」
  「何故だ」
  「リベットシティは空母、修復は不可能でしょう。航行という意味では。しかし艦砲を修理すれば強力な拠点となる。あなたにはリベットシティを統べて欲しい」
  「わ、私がか? ……利用する気か」
  「お互いに利用する、別に不義ではないでしょう?」
  「どうして私なんだ?」
  パノンは馬鹿ではない。
  用心深く聞いた。
  「条件はありません。ただ、我々はあなたを支援する。ほんのちょっとのお願いを聞いていただければそれでいいのです。あなたを選んだ理由ですが、評議会を纏めれるのはあなただけと
  思ったからですよ。評議会を存続させるのかは知りませんが、少なくとも、あなたには野心がある。我々と協力できる、そう思い、私が派遣された次第です」
  「頼みごととは?」
  そこで人造人間は笑った。
  そして言う。
  「不都合な連中の排除をお願いしたい」
  「不都合な……?」
  「我々は戦力以外なら提供できます。あくまで隠密行動なので戦力はない。しかしキャップはあります。どうかお使いください、この地の為に、そして……」
  「……」
  「あなたの為にも」